応力腐食割れ
 
普通の鉄鋼材料は腐食環境下で赤錆のような表面全体にわたる腐食が発生し進行する。錆び難い材料、例えばステンレス鋼や、ある種の銅合金などは、表面が極めて薄い腐食の皮膜で覆われそれが腐食の進行を防いでいる。しかし、引張り応力と腐食環境の相互作用で、材料にき裂が発生し、その亀裂が時間と共に進展するという現象を起すことがある。この現象を応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)と呼んでいる。
原子炉の構造材や配管には腐食に強いSUS304系のオーステナイトステンレス鋼が使われるが、熱が加えられると、結晶粒界に沿ってクロム欠乏域が発生し(鋭敏化)、そこに高い(降伏点を越える)引っ張り応力が加わると、高温純水中でも、酸素濃度が高い場合、結晶粒界に沿って局部的な腐食が発生しSCCにまで発展する可能性がある。
SCC対策としては材料、応力、環境の一つでも改善すればSCCの発生が防げることが実証されており、各種の対策案が開発された。
(@)材料開発 材質中の炭素を少なくすれば鋭敏化しにくくなるので、炭素含有量を0.02%以下に抑え、僅かな窒素を添加することで強度の低下を保証し、耐食性を向上させるためモリブデンを添加し、燐や硫黄分等の不純物含有量を抑えたSUS316N(ニュークリアーグレイド)を開発実用化している。
(A)応力改善 腐食環境にさらされる部位で鋭敏化している部分の引っ張り残留応力を圧縮側に変えるため、表面を電磁誘導により加熱し急冷するIHSI工法が開発され実用化されている。表面にショットピーニングする工法も表面引っ張り応力を圧縮応力にするのに有効なことを確認され実機に適用されている。
(B)環境改善 原子炉冷却水中に水素を注入することにより、炉水中の酸素濃度を低下させる水素注入法*が開発され、一部導入されている。さらに、環境改善を狙い貴金属注入法NMCA*と呼ばれる手法が開発され、一部プラントに適応されている。(益田恭尚)
水素注入
 
BWRの原子炉構造材の応力腐食割れ防止対策として環境改善を狙った一つの方法である。原子炉の炉心部では冷却水に中性子が照射され酸素と水素に分解する。この酸素は発生期の酸素(最近人間の体に悪さをするといわれる活性酸素と同じ)で、原子炉構造材の腐食電位を上げ応力腐食割れを促進させてしまうという困った性質を持っている。
原子炉水中に水素を注入することにより、炉水中の酸素濃度を低下させることができる。このような作用を利用して、原子炉構造材の腐食電位を低下させ応力腐食割れを防止することを目的として、炉水中に水素を注入する方法を水素注入と呼んでいる。
水素注入はこのように優れた働きを持っているが、反面2つの問題点を持っている。
一つは沸騰水型原子炉の場合注入した水素は蒸気と共にタービンに持ち込まれ復水器を通して排出されてしまうため、常時供給続けなければならない点である。しかし、これはたいした経済的負担にはならない。
もう一つの点が大きな課題となっている。炉水中で酸素に中性子が当たると放射性同位元素N-16ができる。このN-16は揮発性の窒素化合物(HNO3, HNO2, NH3, N2その他)などの混合物となり、常にその一部が蒸気とともにタービン系に移行している。これは半減期が7.1秒と非常に短時間で放射能がなくなってしまう。タービンに送られても、活性炭吸着塔でしばらく時間をかければ急速に減衰して外部環境への影響は全く問題にならない。しかし、タービン建屋を通過することにより、タービン建屋の放射線レベルが高くなる。放射性同位元素16Nからでる放射線は純粋なガンマ線であるが、屋根からでた放射線が雲などで反射するため、これを自然放射線の5%以下に抑えようという基準(原子力発電所からの被ばく*参照)を適用すると、膨大な遮蔽が必要となる。問題は、水素注入を行うことによってより揮発性の高いNH3などの生成割合が増えるため、タービン系への移行量も増えることである。このため、この影響の出ない程度に水素注入量を減らさなければならず、効果は今ひとつということになってしまう。
ガンマ線は距離で減衰するので敷地境界で、自然界から受ける放射線の5%以下に抑えるというのはおかしいのではないかという議論もあるが、現在はこの基準を準用することとしているため、水素注入を採用するとしても、低いレベルの水素注入を実施するのが実情である。(益田恭尚)
貴金属注入
 
NMCA (Noble Metal Chemical Addition)は貴金属注入とも呼ばれている。BWRの原子炉構造材の応力腐食割れ防止対策として環境改善を狙った一つの方法である。原子炉構造材の腐食電位を低下させ応力腐食割れを防止することを目的とする手法である。構造材表面に貴金属を微量付着させる事と少量の水素を炉水中へ注入する事により達成される。
貴金属表面上では触媒作用により水素の酸化反応が促進される。この酸化反応はBWRの原子炉水環境では-500mV(SHE)程度の低い電位であり、これにより構造材の電位も低下する。この作用の優れた貴金属は白金及びロジウムであり、これらの元素を水酸化物あるいは硝酸化合物の化学形態で水に溶解させた上で炉水中へ添加することにより、構造材へ付着させる。付着させる量は1μg/cm2以下であり、原子炉の定期点検時や停止時の比較的炉水温度が低い状態で1〜2日間貴金属を注入し炉水を循環させることにより付着させる。
貴金属を付着させただけでは腐食電位は低下しないので、原子炉の運転中に、少量の水素を注入する事を併用する。その量は炉水中の酸素との化学量論比(水の分子、水素2と酸素1の割合)以上であれば電位が低下することが確認されている。この手法によれば、いままで多量の水素を注入しないと電位が低下しなかった部位でも、少量の水素注入*で良いことになる。本技術は米国GE社(ゼネラルエレクトリック社)により開発され、1990年代の後半に米国プラントで実施されて以来多くの米国プラントで適用されており、国内においても3プラントの実施例がある。
貴金属は優れた触媒作用があるため、配管中に溜まった爆鳴気の水素が、貴金属が微量に付着していた配管表面の温度の上昇時、急激な酸化反応を促進するという事例を発生させてしまった。(長尾博)